FreeBee vol.2

2010年03月

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箱根の山で日々働く箱根登山鉄道のモハ1・2形の旧型車。
既にかなりの経年を越えてきているにも拘らず、
未だに現役車としての活躍が頼もしいです。
モハ1・2形が「前パン」になるには基本的に
モハ1形の単独走行かモハ2形同士の併結の
2パターンで見ることが出来ますが、繁忙期の多い
箱根登山鉄道は、余り上記のパターン、特にモハ2形と
3連を組んでしまうことが多いモハ1形単独走行は
余り見掛けない様な気がします。この日は1月の
閑散期。箱根駅伝を終えた3日後と言うことも有り、
モハ1形の単独走行を見ることが出来ました。
空も真っ青、出山の鉄橋で迎え撃ちました。
近年、この出山の鉄橋を真横から撮れるこの橋は、
橋の先にある旅館が休業してしまった為お役御免となり、
立入禁止に。このアングルでは撮れなくなってしまいました。

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ようやく春らしくなって来ましたが、江ノ電沿線には
一面・・・では無いものの所々に菜の花が沿線に咲き、
観光客を出迎えているようにも見えてきます。
沿線を探してみると、七里ガ浜駅前にも
菜の花が咲いているのを見掛けたので、早速下車。
丁度七里ガ浜高校前になりますが、ここから
江ノ電は海岸線へのアプローチにS字を築き、
峰ヶ原信号所で一度お別れした海岸沿いに
再び出て行きます。丁度藤沢行きの305編成が
光を半面に浴びてカーブから顔を出してやって来ました。

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小さい頃から沿線で良く目にしていた小田急2600形。引退に際して
旧塗装に復活し、様々なイベントと引退興行に繰り出され、
小田急ファンとしては楽しい日々でした。この旧塗装は
私の生まれた頃には既に消滅していましたが、小田急=青帯
を覆す様に平成に登場した旧塗装は老若男女問わず注目の的でした。
小田急2600形のイメージとして、各駅停車専用車と言う位置づけが強く、
末期に急行運用に充当されるようになってからは違和感がありました。
「各停らしい2600形を撮ろう」と言う気持ちで撮った写真が
この画像になります。東北沢での急行退避。現在は複々線の進捗により、
棒線化してしまいましたが、各駅停車は殆どの列車が東北沢で
急行の通過待ちをしていました。新宿手前で小休止。すると
通過線をステンレスの最新悦3000形が追い抜かして行きました。

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こちらは「Special Color」ではありますが「前パン」電車でもあるので、
「前パン」>>「Special Color」の原則で貼って行きたいと思います。
さて、昨日は秩父鉄道にも行ってきたのですが、余り「リバイバルカラー」
を見掛けませんでした。仕事や観光等で行くとやたら遭遇するのですが、
やはり運任せな秩父鉄道でもあります。この日はレンタカーで秩父路へ。
全ての「リバイバルカラー」が走行していたので、基本的に並びと
美味しい蕎麦と安らげる温泉をメインに出掛けてきました。
丁度広瀬河原での「わくわくトレインフェスタ」が近かったので
全ての編成にヘッドマークが取り付けられていましたが、それでも
写真の野上駅では「スカイーブルー」と「ウグイス」そして、
7001編成とC58-363の交換を撮影する事が出来ました。
国鉄通勤形には余り似合いませんが「前パン」が凛々しいです。

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この頃からでしょうか。私がEF64を撮り始めた時期は。
当時長野から品川まで運転された「オリエントサルーン」
確か長野オリンピック招致の団体臨時列車として運転され、
新宿まではヘッドマークが取り付けられていましたが、
目の前であっけなく取り外されてしまいました。
しかしながら、首都圏では珍しい長野のEF64牽引の
「白樺」以外のジョイフルトレイン。地元原宿にて
品川へ回送されて行く姿を捕獲しました。
当時のEF64-41はPS22形パンタグラフ装備で、
それこそユーロ色EF64と比べたら非常に地味な
存在でしたが、その魅力にのめり込んで行くのでした。

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