FreeBee vol.2

2010年04月

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気がつくと後余命数年の長野電鉄2000系。この平穏な長野電鉄
にもJRのお別れイベントの様に多いに盛り上がるのでしょうか。
今の状況からはとても想像がつきませんが・・・
この日は8500系T6編成が初めて須坂にやって来る日。
須坂に早めに着き、屋代線の3500系を撮影していた所、
3番線に長野行きの2000系D編成B特急が入線して来ました。
駐車場から撮影しましたが、ホームのベンチや古びた看板。
駅名票や錆びたホーム上屋の支柱。全てが2000系D編成を
引き立てているような懐かしい情景に見えました。

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2005年度に東急東横線にて8007編成を使用して運転された
「伊豆のなつ号」ですが、翌年2006年には田園都市線で
8614編成にラッピングを施して登場しました。
故五島慶太氏もビックリの8500系のハワイアンブルー化。
あれから約4年。一時的なものではなく、現在に於いても
そのラッピングをそのままに走行し、時折伊豆PR電車として
田園都市線や相互乗入れ先の東京メトロ半蔵門・東武線にて
運転される事があります。2006年には東武南栗橋で開催された
「東武ファンフェスタ」にゲストとして登場し、その人気は
東急ファンだけでなく幅広いものと感じられます。

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西武鉄道3ドア車として、勢力を落としている新101系。
先日も池袋線の243編成が横瀬に送られていきました。
その影響か、狭山線の3ドア車運用に、以前は専ら
4両編成が充当されていましたが、4月上旬辺りから
以前は当たり前でしたが、久しぶりに新101系の
2両+2両の4M組成の編成が充当されるようになり、
275・277編成やツートンカラーの271編成を含む
2両編成が各2本が時折充当されています。
この日は275+271編成。新101系の2両編成は
勿論「前パン」ですので撮らないわけには行きません。
狭山線は撮影地が無いと聞いていたのですが、
そこそこに撮れる場所も点在している為、
今後課題として行きたい路線ですが、西武ドームでの
西武ライオンズの公式戦が開催されると、輸送力確保の為、
4ドア車代走になるのがたまに傷ですが。
写真は西武球場前に入線する同編成。右の森の中には、
先日命日を迎えた尾崎豊さんのお墓があります。

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篠ノ井のEF64の中でも個人的に特別扱いだったのが、
PS22形パンタグラフ装備のEF64でした。昔はゴロゴロ
していたのですが、末期になると両エンド共
PS22パンタグラフ装備の機関車はEF64-46・53・58・59
と4機のみになっていました。その中でこの日の
急行「ちくま」はEF64-53でした。やつれた車体に
鞭打って一路名古屋まで向かいます。

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江ノ電沿線は海沿いがハイライトですが、逆に藤沢~江ノ島の
住宅街を縫うように走る姿もまた「江ノ電らしさ」なのかも知れません。
その中でも鵠沼界隈では迷路の様な小道も少なくありません。
太陽も高くなってきた事ですし、余り海沿いに行っても
在り来たりの写真になってしまうので、この日は鵠沼界隈を探検。
何処にでもある住宅街ですがその中を走る「江ノ電」によって
街が彩られるような気がします。その中に木造建築の建物を
見つけました。今日は鎌倉方だった305編成と絡めて。

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