FreeBee vol.2

2010年07月

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米軍横田基地から拝島駅まで延びる、米軍横田基地専用線。
しかしながら土休日は原則的に運休。そして祝日も
米軍の都合により都度運転の為、中々撮る機会に
恵まれない専用線でもありました。この日は祝日。
ヤマを貼ってとりあえず西武新宿線に飛び乗り、
拝島に到着するとDE10-1664が停車しており、
「運転有り」と確信する事が出来ました。
DE10-1664が単機で米軍横田基地に入り、
約一時間後。空車のタキを連ねて出てきました。
そしていつも閉ざされている鉄道門には、
迷彩服を着た体格の良い米軍のお方が・・・
踏切が鳴り出した瞬間開門し、列車が通過すると
直ちに閉門する徹底ぶりが伺えました。

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EF64-37が未だ原色の頃ですが、既に八高線レール輸送は
DLからELに転換しており、こうしてEF64-37が入る機会も
多く見られました。今日の財源はチキ5200形×2両+チ・チキ・チで、
相方は同じく八王子支社の裏方役、EF64-38が充当されました。
当時、この2機がまさかブルトレ牽引の主役になる事も
考えられない位、注目されない運用ばかりの日々でした。
浅川の鉄橋にて撮影。足回りが煩いですが、反対側から撮ると
EF64-38に架線柱がヒットする組成だった事から、
結局架線柱の無い側から撮った覚えがあります。

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登場して二年が経過した、箱根登山鉄道1003編成リバイバルカラー。
写真は入生田にて塗装変更を終え、営業運転する前のピカピカな
姿になります。この塗装は、やはり箱根登山鉄道に登場した
久しぶりの新車1000形を彷彿させる上で欠かせないと感じ、
登場時より多少の改造等、手が加えられている部分もありますが、
現代においても非常に似合っていると思います。
この時は、隣には入庫済の箱根登山鉄道唯一の
「釣り掛け営業車」となってしまった103-107編成が
停泊しており、LED非点滅の1003編成と合わせて、
とても懐かしい光景の様に見えてなりませんでした。

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三連休の最終日。上越線で旧型客車を使用した訓練運転が
あると言うので、EF64-39の登板を期待して水上まで行きましたが、
やって来たのはEF64-1001(笑)・・・そんな訳で上越線には用は無くなったので
夕方からですが上信電鉄に行ってきました。そんな訳でお手軽な
撮影地として烏川の鉄橋へ。そして最初にやって来たのが、
1981年に新潟鉄工所で誕生した自社発注車。6000系でした。
群馬日野自動車の広告車。上信電鉄と言えば多くの広告車を
有していますが、その中でも特に手の込んでいる広告車であり、
その存在は目を引くものがあります。そして上信電鉄の
殆どの所有車が「前パン」ですが、西武車と比べて
自社発注車はパンタグラフの位置もまちまちで、実際列車が
来てみないとパンタグラフの位置が判らないのが難点です。

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最近はJR機ばかりでしたので、久しぶりにスイッチャーを。
以前http://blogs.yahoo.co.jp/amano09092004/16468058.html
にて紹介した電気化学工業青海工場原石線。ごく短い区間。
それも殆どが工場内の運転ではありますが、運転機会も多く
(中の方はA番・B番・C番のシフトで決めているようです)
何度行っても魅力的な路線である事は間違いないです。
そんな原石線の終端部分。貨車でそのまま荷役をするのですが、
前回「天空の城ラピュタの様な~」と書きましたが、
本当に巨大なパイプラインの下、ただでさえ小柄な機関車(DS-6)
が圧倒されるかの様な光景が広がっていました。
鉄道輸送と言う観点では無く、ここでは工業機械の一部として
機能している様にも感じられ、非常に驚く光景でした。

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